
五つの村のどこかで立ち寄った画廊で買った。
今は居間の壁でトレーニングしている。


五つの村のどこかで立ち寄った画廊で買った。
今は居間の壁でトレーニングしている。


ポルトフィーノの1日を
チンクエ・テッレ巡りで楽しむことにした。
ポルトフィーノの南のリグーリア海岸の断崖に並ぶ
5つの小さな村の総称である。
遊覧船は定期航路としても利用されている。
何処の村で降りてもいい、何度乗り換えてもいい。

最初の村で下船してみた。
船を降りた客は、村の中に入らずに入江の岩に登ると
水着に着替えて、なんのためらいもなく次々と飛び込む。

いやはや、「遊泳禁止」の看板が懐かしい。

ミラノ中央駅から電車に乗り、ジェノバで乗り換えて、サンタ・マルゲリータ・リーグレ駅で降りる。
あとはタクシーでポルトフィーノへ向かう。
ジェノバとピサの間にある小さな港町だ。
ミラノの人たちは電車で、ローマや、フィレンツェや、ナポリからの人たちは船を利用するのだろう。
夏以外の季節はひっそりとした町だが、夏休みの期間は人で溢れる。
ヨットやクルーズ船で地中海へ繰り出した家族が停泊する拠点だから。
日暮れには、港の広場にバルやレストランのテントが所狭しと並ぶ。
家族や恋人達の嬌声を聴きながら海からの涼しい風に身を委ねていると、旅人の私たちまで幸せな気持ちでいっぱいになる。
レストランで一緒になった二人連れが言った。
「明日はもう帰るのよ」
「何処から来られたのですか」
「イギリスよ」
「結構遠いですね」
「そうね、のんびり船で帰るから色々寄ってみる予定よ」
自分のクルーザーで旅をしているらしい。
食後に桟橋周辺を散歩した。
豪華なクルーザーが、ずらりと停泊している。どの船もピカピカに磨かれていて、華やかな高級住宅街の趣だ。
更に大きな船は、入江の奥に係留されているらしく、お洒落をした人々がお迎えの小船に乗り込んで帰っていく。
英国から来たカップルの船はどちらかな。


長い間、子どもたちの心を癒してきたラクダのおもちゃが壊れた。
壊れたのはこれが初めてではない、壊れるたびに顔が変わって、最近はオリジナルの顔が何であったかわからない。
「何?」と、子ども達に聞くと、
「にわとり」、「きりん」、「ろば」、「わかんない」、、、誰もラクダだとわかってくれない。
今回は思い切って顔を作り直してみた。
「さーて、何かな」
「うーん、ラクダかも」
修理をして良かった。
「この子の名前は黄ラクダって言うんだよ」
「変なの」
「そう、気楽な黄色のラクダだからね」
子どもはきょとんとしている。
年寄りのダジャレは受けなかったようだ。
長い間、小児科診療所の院長をやってきた。
2026年から、一線を退いて
「子どもの心の相談」外来を行なっている。
このサイトは、私の独り言のようなものだ。
連絡は cunyac10@gmail.com へメールで。
ジュネーブでは、レマン湖畔の小さなホテルに泊まっていた。
その日の夕食は気分を変えて、湖畔の中華料理へ行った。
食後、ブラブラと湖のプロムナードを散歩して帰った。
部屋で鞄をベッドの上に下ろした時、
チャックが開いているのに気づいた。
「しまった。やられた」、財布が見当たらない。
幸い、盗まれた財布には多少の現金が入れてあっただけだった。
遅い時間だったので、
どうしたらいいのかは明朝フロントで聞いてみることにした。
「おはよう、昨晩スリにあって財布を盗まれたけれど」
私が話終わらないうちに、
フロント係がカウンターの下から見覚えのある財布を出した。
「女性の方が、ホテルの前に落ちていたと,届けてくれました」
「ホテルの名刺が入っていたのでと、おっしゃていました」
「この辺りは、スリが多いから気をつけて下さい」
フロントマネージャーはウインクして、財布を渡してくれた。


ホテルから運ばれてきたトランクをヴェヴェイの駅で受け取り、ジュネーブへ向かう列車に乗った。
左手にレマン湖がキラキラと光っている。
しばらくすると、スーツを着こなした紳士と淑女の一行が、列車から降りる準備を始めた。次の停車駅はローザンヌだ。
こんな観光地には相応しくない装いなので、興味津々で聞いてみた。
「なにか、ミーティングでもあるのですか?」
「 IOCの会議に参加します」
「えーと、IOCってなんでしょう」
「オリンピックのことを話し合うところです」
「そうですか」
私は意味がよくわからないままに頷いた。
彼らが駅に降りていく様子を眺めている時に、やっと合点がいった。「国際オリンピック委員会の本部はローザンヌにあったんだ」
人間同士が「戦うこと」を「競い合うこと」のスポーツで昇華して、地球全体が平和な星になるように話し合う場所なんだ。
ローザンヌの停車時間はわずかで、列車はゆっくりと出発した。
晩年、チャップリンはヴェヴェイに住んでいた。
私のホテルから歩いて30分くらいのところだ。
今は記念館として保存され、観光地になっている。
チャップリンの喜劇は、どこか寂しい。
チャップリンが色んなヘマをすると、観客はどっと笑うのだが、
その時のチャップリンの表情には、哀愁が漂っている。
本人にできるのは「苦笑い」だ。
記念館には、チャップリンが孫たちに囲まれて
穏やかな表情で寛いでいる写真が展示されている。
私はほっとした。

ヴェヴェイに到着した最初の日のことだ。
ケーブルカーを降りてホテルへ向かう途中、係留された幌馬車の周りにテントを張り、食事をしている一家族に出会った。
チェックインの折に、受付で尋ねてみた。
「玄関前の広場で、ピクニックをしている人たちがいますね」
受付係は、少し困ったような顔で答えた。
「ピクニックではありません。しばらくあそこに住むのです。この季節になると、毎年やって来ます」
さらにこう続けた。
「ヨーロッパ中を移動しながら暮らしている人たちです。このあたりには一か月ほど滞在して、またどこかへ行ってしまう。行き先は誰も知りません。そろそろ旅立つ頃でしょう」
「危険はないのですか」と聞くと、
「心配はいりません。おとなしい人たちですよ」と、静かに答えた。
数日後、チェックアウトの朝。
玄関前の広場を見て、私は思わず足を止めた。
旅する人たちの姿は、跡形もなく消えていた。
そこには、最初から何もなかったかのように、
整えられた静かな広場が広がっているだけだった。
あれは、ほんの短い夢だったのかもしれない――
そんな錯覚にとらわれるほど、見事に消え去っていた。


レマン湖畔のヴェヴェイでの、夏休み最後の朝。
ガウンのまま、いつものテラスで朝食をとる。
荷物はケーブルカーで運んでもらい、
私たちはワイン畑の間を歩いて湖畔まで降りることにした。
滞在中、私たちの世話をしてくれた執事に、
別れ際、こう伝えた。
「またいつか、このホテルに帰ってくるから」
すると彼は、少し笑って言った。
「その時は、うちのハチを貸してあげるよ」
「なぜ?」
「毎朝、二人だけで散歩するのはもったいないからさ。
うちの秋田犬のハチも、一緒に歩けたら喜ぶよ」
「今度は早めに言ってよ」
「日本では、私たちの愛犬のファーリンが、
散歩に行こうって首を長くして待っているよ」
湖の光と、あの朝の空気は、
きっとずっと忘れないと思う。