キラクダ

  • キラクダ

     長い間、子どもたちの心を癒してきたラクダのおもちゃが壊れた。

     壊れたのはこれが初めてではない、壊れるたびに顔が変わって、最近はオリジナルの顔が何であったかわからない。

    「何?」と、子ども達に聞くと、

    「にわとり」、「きりん」、「ろば」、「わかんない」、、、誰もラクダだとわかってくれない。

     今回は思い切って顔を作り直してみた。

    「さーて、何かな」

    「うーん、ラクダかも」

     修理をして良かった。

    「この子の名前は黄ラクダって言うんだよ」

    「変なの」

    「そう、気楽な黄色のラクダだからね」

     子どもはきょとんとしている。

     年寄りのダジャレは受けなかったようだ。

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  • すりのマナー

     ジュネーブでは、レマン湖畔の小さなホテルに泊まっていた。

     その日の夕食は気分を変えて、湖畔の中華料理へ行った。

     食後、ブラブラと湖のプロムナードを散歩して帰った。

     部屋で鞄をベッドの上に下ろした時、

     チャックが開いているのに気づいた。

    「しまった。やられた」、財布が見当たらない。

     幸い、盗まれた財布には多少の現金が入れてあっただけだった。

     遅い時間だったので、

     どうしたらいいのかは明朝フロントで聞いてみることにした。

    「おはよう、昨晩スリにあって財布を盗まれたけれど」

     私が話終わらないうちに、

     フロント係がカウンターの下から見覚えのある財布を出した。

    「女性の方が、ホテルの前に落ちていたと,届けてくれました」

    「ホテルの名刺が入っていたのでと、おっしゃていました」

    「この辺りは、スリが多いから気をつけて下さい」

     フロントマネージャーはウインクして、財布を渡してくれた。

  • ローザンヌ  オリンピックの都

     ホテルから運ばれてきたトランクをヴェヴェイの駅で受け取り、ジュネーブへ向かう列車に乗った。

     左手にレマン湖がキラキラと光っている。

     しばらくすると、スーツを着こなした紳士と淑女の一行が、列車から降りる準備を始めた。次の停車駅はローザンヌだ。

     こんな観光地には相応しくない装いなので、興味津々で聞いてみた。

    「なにか、ミーティングでもあるのですか?」

    「 IOCの会議に参加します」

    「えーと、IOCってなんでしょう」

    「オリンピックのことを話し合うところです」

    「そうですか」

    私は意味がよくわからないままに頷いた。

     彼らが駅に降りていく様子を眺めている時に、やっと合点がいった。「国際オリンピック委員会の本部はローザンヌにあったんだ」

     人間同士が「戦うこと」を「競い合うこと」のスポーツで昇華して、地球全体が平和な星になるように話し合う場所なんだ。

     ローザンヌの停車時間はわずかで、列車はゆっくりと出発した。

  • チャップリン

    晩年、チャップリンはヴェヴェイに住んでいた。

    私のホテルから歩いて30分くらいのところだ。

    今は記念館として保存され、観光地になっている。

    チャップリンの喜劇は、どこか寂しい。

    チャップリンが色んなヘマをすると、観客はどっと笑うのだが、

    その時のチャップリンの表情には、哀愁が漂っている。

    本人にできるのは「苦笑い」だ。

    記念館には、チャップリンが孫たちに囲まれて

    穏やかな表情で寛いでいる写真が展示されている。

    私はほっとした。

  • 旅する人たち

    ヴェヴェイに到着した最初の日のことだ。

     ケーブルカーを降りてホテルへ向かう途中、係留された幌馬車の周りにテントを張り、食事をしている一家族に出会った。

     チェックインの折に、受付で尋ねてみた。

    「玄関前の広場で、ピクニックをしている人たちがいますね」

     受付係は、少し困ったような顔で答えた。

    「ピクニックではありません。しばらくあそこに住むのです。この季節になると、毎年やって来ます」

     さらにこう続けた。

    「ヨーロッパ中を移動しながら暮らしている人たちです。このあたりには一か月ほど滞在して、またどこかへ行ってしまう。行き先は誰も知りません。そろそろ旅立つ頃でしょう」

    「危険はないのですか」と聞くと、

    「心配はいりません。おとなしい人たちですよ」と、静かに答えた。

     数日後、チェックアウトの朝。

     玄関前の広場を見て、私は思わず足を止めた。

     旅する人たちの姿は、跡形もなく消えていた。

     そこには、最初から何もなかったかのように、

     整えられた静かな広場が広がっているだけだった。

     あれは、ほんの短い夢だったのかもしれない――

     そんな錯覚にとらわれるほど、見事に消え去っていた。

  • ヴェヴェイのブレックファースト

    レマン湖畔のヴェヴェイでの、夏休み最後の朝。

    ガウンのまま、いつものテラスで朝食をとる。

    荷物はケーブルカーで運んでもらい、

    私たちはワイン畑の間を歩いて湖畔まで降りることにした。

    滞在中、私たちの世話をしてくれた執事に、

    別れ際、こう伝えた。

    「またいつか、このホテルに帰ってくるから」

    すると彼は、少し笑って言った。

    「その時は、うちのハチを貸してあげるよ」

    「なぜ?」

    「毎朝、二人だけで散歩するのはもったいないからさ。

    うちの秋田犬のハチも、一緒に歩けたら喜ぶよ」

    「今度は早めに言ってよ」

    「日本では、私たちの愛犬のファーリンが、

    散歩に行こうって首を長くして待っているよ」

    湖の光と、あの朝の空気は、

    きっとずっと忘れないと思う。

  • このブログを始めてみることにしました

    ふとした瞬間にいろいろなことを思いつきます。

    空の色、木の匂い、

    通り過ぎる人の表情や、

    遠くの山の形。

    そんな小さな出来事の中に、

    なぜか心に残るものがあります。

    長く小児科医として子どもたちと向き合う中で、

    人の心や人生について

    考えることも多くありました。

    忙しい毎日の中では、

    そうした思いはすぐに通り過ぎてしまいます。

    そこで、

    散歩の途中で思いついたことや、

    旅の記憶、日々の小さな発見を、

    静かに書き留めてみようと思いました。

    この場所が、

    同じように日常をゆっくり味わう方にとって

    少しでも心地よい時間になれば嬉しく思います。

    どうぞ、気軽にお立ち寄りください。